厄除けの寺として全国から参拝客が訪れる薬王寺は、神亀3年(726)に行基が聖武天皇の勅願によって建立したのが始まりといわれている。
その後、弘仁6年(815)、弘法大師が 平城上皇から民衆の厄除け祈願寺を開くようにとの勅願を受け、本尊の厄除薬師如来を彫刻して安置し、厄除けの根本祈願寺とした。
この寺には嵯峨天皇や鳥羽天皇などの歴代天皇が、厄除け祈願のために勅使を遣わしたほか、後嵯峨天皇が伽藍を再建、仁助法親王が落慶供養をされた。
藩政時代には蜂須賀家から寺領を賜るなど多くの信仰を集めた寺である。
また、嘉禄2年(1226)には土御門上皇が 行在所として住まわれた。
宗派: 高野山真言宗
創建年: (伝)神亀3年(726年)
開基:行基
寺格: 別格本山
山号: 医王山
本尊: 厄除薬師如来(伝弘法大師作)
札所等: 四国八十八箇所23番; 阿波七福神霊場・寿老人
院号: 無量寿院
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| 厄除け橋を渡り、仁王門をくぐりぬけ、急勾配の女厄坂を上る。上りきったところの絵馬堂にあるのが厄除け臼で、厄除けを祈願しながら、自分の歳の数だけ杵でつくのが習わしだ。 女厄坂とくれば、その次に待っているのは男厄坂。この坂を上ると本堂へとたどり着く。 幾度かの火災や兵火などで焼失・再建を繰り返したが、現在の本堂は明治41年(1908)に再建されたものである。男厄坂を上った先の広場や、本堂の右手から還暦厄坂を上った先にある瑜祇塔(ゆぎとう)からは、日和佐の町並みと海の眺望が広がる。 厄坂 3つの厄坂を上る前に、1円玉や5円玉をたくさん用意しておこう。 女厄坂は33段、男厄坂は42段、還暦厄坂は61段あり、厄払いのためこの石段の一段ごとに賽銭を置きながら上っていくのがこの寺の習わしとなっている。また、石段の下には、薬師本願経を一字ずつ書いた小石が埋められている。 |
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| 瑜祇塔 | 女坂 |
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| 22番平等寺へ19.7q | 23番薬王寺 | 24番最御崎寺へ75.4q |