「諸国でもっとも良い土地を選んで建てよ」 という聖武天皇の勅願により、天平13年(741)に行基が建立した寺。
天皇自らが金光明最勝王経を書写して納め、天下泰平、五穀豊穣、万民豊楽の祈願所とした。
本尊は千手観世音菩薩。
後に弘法大師が真言宗の寺として中興し、霊場として定めた。
この一帯は『土佐日記』の作者紀貫之が国司として4年間滞在した場所としても知られ、寺の北東には紀貫之が赴任した屋敷跡も残されている。
また歴代の天皇や土佐藩主からも篤い信仰を集めた。
境内には数多くの文化財が残っているため、大正11年(1922)には、境内全域が国の史跡に指定された。
宗派: 真言宗智山派
本尊:千手観世音菩薩
開基:行基
創建:天平13年(741)
山号: 摩尼山
札所等: 四国八十八箇所29番
院号: 宝蔵院
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| 仁王門をくぐると正面に見える本堂は金堂とも呼ばれ、永禄元年(1558)に長宗我部国親・元親親子が再建したもの。天平様式を思わせる杮(こけら)葺き、寄棟造りが特徴的な建物で、国の重要文化財に指定されている。その左側には寛永11年(1634)に建立された大師堂がある。 さらにその左には酒断地蔵がある。元は国分寺の飛び地境内であった香美市土佐山田町穴内にあったものだが、その地にダムが建設されたため、ここに移転された。 江戸時代には土佐藩主山内公が、参勤交代の途中に安全を祈願するため、立ち寄ったとされる寺だ。 仁王門 明暦元年(1655)、土佐藩主・山内忠義公が寄贈したといわれる仁王門。 昭和62年(1987)には解体修理が行われた。以前まで創建当時の梵鐘がかかっていたが、現在は本堂の中に収められている。その梵鐘は、形状から平安時代前期のものとされ、国の重要文化財に指定されている。 |
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