寺伝によれば養老年間(717~724)、行基が草堂を建立したことが始まり。
その後に巡錫中の大師が胎蔵ヶ峰の岩窟で求聞持法を修して薬師如来を彫り、堂宇を整えたといわれ る。
この時に大師は、唐の恵果阿闍梨から授かった、三国(インド、唐、日本)伝来の錫杖を本尊と共に納めた。
その後、僧房100を有し、早くから女性の入山を許していたこともあって「女人高野」とも呼ばれ栄えたが、天正の兵火で焼失。
初代高松藩主松平頼重が寺領を寄 進、二代頼常も本堂や仁王門の修復を行い再興された。
しかし、明治時代に火災で堂塔を焼失。二天門以外の現在の建物は、その後再建されたものだ。
創建年: (伝)養老年間(717年 – 724年)
宗派:真言宗
本尊:薬師如来
開基:行基
山号: 醫王山
札所等: 四国八十八箇所88番; 四国霊場十三佛13番
院号: 遍照光院
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| 二天門とも呼ばれる山門を抜けて、石段を上ると正面に本堂と阿弥陀堂が並び建つ。 本堂は礼堂と中殿、二重多宝塔となっている奥殿からなり、本尊の薬師如来と三国伝来の錫杖は奥殿に祀られている。 納経所は本堂手前左側にあり、地蔵堂がその隣に建っている。 本堂手前を左に折れ、階段を上って参道を進むと寶杖堂と大師堂とが並び、仁王門へと続く。 深山に広がる境内は、春の桜や秋の紅葉など四季折々の美しさを見せる。 仏の慈悲のように降り注ぐ木洩れ日は、結願を迎えた遍路の心に深く沁み入り、遍路旅の疲れを癒してくれるだろう。 |
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