かつては別宮大山祇神社と隣接しており、 明治初年までは大山祇神社の別当寺であったという。
その縁起は今から約1300年前にさかのぼる。
河野氏の始祖・越智玉輿の弟である玉澄は、文武天皇の勅願を受けて大三島の大山積明神を勧請。法楽所として大三島の24坊中8坊をこの地に移転し、「日本総鎮守三島地御
前」と称し、奉祭した。
以後、別宮大山祇神社の別当寺として興隆してきたが、天正年間(1573~1592)、伊予の全土を襲った長宗我部氏の兵火によって焼失した。
慶長5年(1600)、この南光坊だけは大山祇神社の別当寺として再建された。
創建年: (伝)推古天皇御代2年甲寅(594年)
宗派: 真言宗御室派
開基:行基菩薩
寺格: 中本寺
本尊: 大通智勝如来(秘仏)=(だいつうちしょうにょらい)は、『妙法蓮華経化城喩品第七』に登場する仏様で、過去世の釈迦如来の親であり、偉大な神通力と智慧を持つ如来です。大日如来と「同体異形」の関係にあるとされ、「法華経バージョンの大日如来」とも呼ばれています。16人の子供がおり、その中の一人が釈迦如来です。
札所等: 四国八十八箇所第55番
院号: 金剛院
|
|||||||||||||
![]() |
|
||||||||||||
|
|||||||||||||
| 四国霊場のうち「坊」がつく寺院はこの南光坊だけ。 今治市の中心部にあり、昭和20年(1945)の大空襲で大師堂と金毘羅堂以外の建造物は焼失した。 現在の本堂は昭和56年(1981)に建てられたものである。金毘羅堂は、文化年間(1804~1818)建立の歴史のある建物。大正5年(1916)に再建された大師堂は、屋根の四隅が軽やかに跳ね上がり、その上にある相輪塔と相まって、荒波の中を走る船のような様相を呈している。 平成10年(1998)に再建された立派な山門は四天王が守護している。この山門の形式は四国霊場の中ではこの寺だけである。 |
|||||||||||||
|