欽明天皇(539~571)の勅願により、円手院正澄という行者が千手観音を安置し、七堂伽藍を建立して開基した。
天平6年(734)に、寿元行者が紀州熊野より十二社権現を勧請し、12坊を建立して修験道場とした。
その後、 荒廃した伽藍を弘法大師が再興し、霊場に定めた。
建久5年(1194)には源頼朝が命の恩人である池の禅尼の菩提を弔って、阿弥陀如来を安置。同時に経塚を築き、堂宇の修繕を手がけたという。
その後、武士の信仰を集め、室町時代には西園寺氏の祈願所となり、寛文12年(1672)には、宇和島藩主・伊達宗利が堂宇を建立したと伝えられている。
宗派: 天台寺門宗
本尊:千手観世音菩薩
開基:円手院正澄
創建:六世紀前半
札所等: 四国八十八箇所43番; 南予七福神霊場 第5番(布袋尊)
正式名: 源光山 円手院 明石寺
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| 杉や松の老樹をはじめ自然林が生い茂る境内は、霊験あらたかな雰囲気に包まれている。 石段を上ると、風格を漂わせる仁王門。 門をくぐり、さらに石段を上った正面に唐破風造りの本堂がある。現在の本堂は明治時代に地元を中心とした信者の浄財によって建立されたもの。細工が美しく、めでたい絵柄を描いた天井絵が彩りを添えている。 見どころは多く、大師堂のすぐそばには夫婦杉と呼ばれる杉の巨木がそびえている。また、仁王門の手前を左に行くと弘法大師の行場跡だと伝えられる弘法井戸、右に行くとしあわせ観音像がある。 |
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44番大宝寺へは伊予大洲駅から電車で松山へ行き、バスで久万高原へ |
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