寺の開創は、遥か平安時代の古に遡る。
弘仁6年(815)、弘法大師が旅僧姿で四国巡錫中に山麓に到った時、衣がかなり傷んでい た。
近くの民家に繕いの布を求めると、家の中で機を織っていた娘が、織りかけていた布を惜しげもなく断ち切って差し出した。
この娘の行為に感動した大師は、「亡き父母のために観音像を」という娘の願いを聞き、一夜で千手観音像を刻むと、娘を得度させ、更に秘密灌頂を授けた。
すると娘の身から七色の光明が放たれ、たちまち千手観音の姿に変わった。
そこで弘法大師は嵯峨天皇に奉請して一寺を建立したの が、この切幡寺の始まりである
創建年: (伝)弘仁年間(810年 – 824年)
宗派: 高野山真言宗
山号: 得度山
文化財: 大塔(国の重要文化財)
本尊: 千手観世音菩薩
開基:弘法大師
札所等: 四国八十八箇所10番; 阿波西国三十三観音霊場(東部)第28番
院号: 灌頂院。
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| 寺は切幡山の中腹、標高155mの所にある。 山麓の山門から境内までの距離はかなり遠く、坂道と333段の石段が待っている。一段一段、踏み締めながら上っていきたい。 境内には本堂、大師堂、その奥に、はたきり観音の銅像、鐘楼、大塔、不動堂がある。 寺には2体の観音像があり、弘法大師作の千手観音を南向きに、女人即身成仏の千手観音を北向きに安置している。娘が化身した千手観音は、秘仏であるため公開されていない。 切幡寺大塔 国の重要文化財に指定されている大塔。 豊臣秀吉の子である秀頼が大阪の住吉神宮寺に寄進したもので、明治維新の時、神宮寺が廃寺となったため、第45世住職天佑上人が東西両塔あったうち、当時残っていた西塔を買い取った。それを明治6年(1873)から10年かけてこの地に移築した。 |
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