国の重要文化財「志度寺縁起絵図六巻」によれば、推古33年(625)、薗子という尼が霊木を仏師に彫らせ、閻魔が建てたお堂に本尊として安置した。
そこに天武10年(681)、藤原不比等が妻のためにお堂を整備し、「志度道場」と名付けたのが始まりとされる。
その後、持 統7年(693)に不比等の息子房前(ふささき)が行基と共に堂宇を拡張、寺は僧侶の学問所や信者の修行の場となった。
また、房前は父母の慈愛に感謝して、千基の石塔群も造立しており、一部が海女の墓として残されている。
江戸時代には、志度出身の平賀源内を長崎に遊学させるため、当時の住職が尽力したことで 知られる。
創建年: (伝)推古天皇33年(626年)
宗派: 真言宗善通寺派
開基:藤原不比等
山号: 補陀洛山
文化財: 本堂、仁王門、木造十一面観世音菩薩両脇士立像ほか(国の重要文化財); 閻魔堂・奪衣婆堂、木造如来形坐像、木造金剛力士立像(県指定有形文化財);
絹本著色十一面観世音菩薩(市指定有形文化財); 生駒親正墓塔、海女の墓五輪塔群(市史跡)
本尊: 十一面観音菩薩
札所等: 四国八十八箇所86番
院号: 清浄光院
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| 運慶作とされる仁王像を納め、日本有数と称えられる見事な仁王門は、高松藩主松平頼重が、寛文10年(1670)に寄進したもの。 門を抜けると、歴史ある境内が広がる。左手には五重塔がそびえ、庫裡、書院が並ぶ。 参道を左に曲がると、本尊と共に重要文化財に指定されている本堂があり、そばに大師堂、閻魔堂、薬師堂へと続く。閻魔堂には「志度寺縁起」に描かれている閻魔が祀られている。一度あの世に行った人が閻魔の命によって蘇生する物語は、今も人々を惹きつけてやまない。 他にも曲水式庭園、歌舞伎や浄瑠璃にもなった「お辻の井戸」など、見どころは多い。 |
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| 五重塔 | 五重塔 |
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