天平勝宝年間(749~757)に孝謙天皇勅願により行基が開基したといわれる。
本尊の薬師如来像はこの時に行基によって刻まれたと伝わり、一時、光明寺と称された。
その後、伊予の国司・源頼義や堯蓮が再興。
弘仁年間(810~824)には、弘法大師が巡錫。この寺を四国八十 八ヶ所に定め、名前を繁多寺に改めたという。
しかしその後、寺は荒廃。それを弘安2年(1279)、元寇の退散祈願の勅使を受けて聞月上人 が再興する。
さらに、応永2年(1395)には、後小松天皇の意向で七皇室の菩提寺・京都泉涌寺の快翁和尚が第七世住職となった。以来、高僧が住職となったことで知られる。
宗派: 真言宗豊山派
本尊:薬師如来
開基:行基菩薩
創建年: (伝)天平勝宝年間(749年 – 756年)
札所等: 四国八十八箇所50番
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